【籠の中の乙女】予想の斜め上をいく想定外のラストシーン
可愛い子には旅をさせよというけれど、この映画はまったく逆で、父親が3人の姉弟を家から外に出さずに、自分たちで独自の教育をしながら、波風が立たないように育てていくという話です。一体何の目的なのか?
ところが、子供たちが性に目覚めたり、外界の物事に刺激を受けたりして、やっぱり人間としての好奇心を抑えきれずに、さあどうなっていくのか?
カンヌ国際映画祭で「ある視点部門」のグランプリを獲得したり、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたり、けっこう評価が高い作品です。
その「籠の中の乙女」の感想・レビューです。
【原題】Kynodontas(英語題:Dogtooth)【製作年】2009年【製作国】ギリシア【上映時間】96分
【監督】ヨルゴス・ランティモス【脚本】ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ【撮影】ティミオス・バカタキス
【キャスト】クリストス・ステルギオグル、アンゲリキ・パプーリァ、マリー・ツォニ、クリストス・パサリス、 アナ・カレジドゥ、ミシェル・ヴァレイ
目次
外界との接触を禁じられた3人姉弟のストーリー
作品の舞台は現代のギリシア、といってもまだガラケーが使われている頃の話です。ある町の郊外に豪邸をもつ裕福な家があって、夫婦と娘2人、息子1人が暮らしているんです。夫は何か大きな工場の幹部で、妻は専業主婦らしい。
実はこの家には大きな秘密が隠されていました。それはティーンエイジャーらしき3人の子供たちが、一歩も家の敷地から外に出ることなく生活していること。外界から遮断されてまったく塀の向こうの世界を知らずに、純粋培養的に育てられてきたんですね。だから、外の世界とは常識がずれている。
たとえば、3人で遊んでいる時に、思いついたゲームが、蛇口から出した熱湯に3人で指をつけて、最初に誰が熱がって指を引っ込めるか。一応きちんとルールは決めるんだけれど、やろうとしていることそのものがあまりに子供っぽい。根本からおかしい。ぶっ飛んでいます。
子供たちは自宅で遊んだりあれこれ勉強したりしているんだけれど、親にとって都合の悪いことはごまかして嘘を教えられています。たとえば、家の外の世界に触れさせたくないので、庭の壁の外には猫という猛獣がいて危険だと教えて、自分たちは犬の鳴き声を真似して追い払う練習までさせられます。本当に一生懸命に鳴き真似をする姿は、おかしい&悲しい&怖い、という3点セットでとてもやばいです。とにかく不思議な家族です。なんでそういうことをしているのか意味不明でわかりません。
こうしてプールがある豪邸の家の中や庭で、奇妙な生活が営まれていくのですが、最初に見たときは、家族で「人類の未来に関する実験」か何かをしているのかと思ってしまいました。
とにかく、「なんなんだ、こいつらは!?」という衝撃を受けながら、展開していくストーリーを呆然として見る羽目になりました。
閉ざされた環境で育った子供たちとその家族がどうなるのか、監督はこの映画でそのような実験がしたかったのかなと思います。
外との接触は断っても身体は成長するわけで
そんな3人の姉弟だけれど体が成長すれば性的にも成熟してくるわけで、両親が長男のために工場の警備員の女性を連れてきて、性行為の相手をさせるんだけれど、これがまったく動作も機械的で、息子自身も自分がいったい何をしているのか、わかっているかどうかも不明なんです。
しかも、息子の性的な処理をしに来ている女性警備員が、娘に対して物を与える代わりに体の大事な部分をなめるように頼み始める。そんなことをきっかけに、姉弟同士でもだんだんお互いの体をなめ合ったりするようになっていくのです。あぶないですね。
セックス描写も出てくるんだけれど、その行為をしている当事者の間で何か感情がなければ、エロくもなんともないというのが画面からも伝わってきて、女性をあてがわれた長男が行為を拒否するようにまでなっていきます。それがやがて、家族同士での行為にまでつながっていく結果になるのだから、まさに本末転倒です。
それでも好奇心は抑えきれない
一方、年長の長女は好奇心が旺盛、というか好奇心が出てくるのは、やはり人間の本能だから避けられないじゃないですか。ドアの鍵穴から、母親が不思議な機械を持ちながら独り言を言っているのを覗いて、何をしているか興味を持ったりします。
そんな長女に脅されて、女性警備員は父親のために持ってきたらしいビデオテープを長女にわたすんです。実はそれはハリウッド映画がダビングされたテープで、映画を観た長女はまるで乾いたスポンジが水を吸うように、映画の内容を吸収するんですが、それを観た長女がどうなるか、そのシーンが最高で大笑いです。
やっぱり人間がもっている好奇心は止められない。押し込めようとしても、必ずどこからか好奇心の種は忍び込んで、人を突き動かすのです。そして、行動がだんだんと過激になっていくのです。
日本語タイトルは「籠の中の乙女」ですが、乙女だけじゃなく長男もいるじゃん? と疑問に思いました。なんで長男の存在は無視するのか? それで元のタイトルを調べてみたら、原題は「籠の中の乙女」じゃなく「犬歯」というらしいです。これは、作品の中で父親が「犬歯が生え変わった時には、外の世界に出ていく」と言う場面があって、それが後で衝撃的なシーンにつながっていくんですが、長女が持ち前の好奇心から、外界への好奇心を抑えきれずに飛び出していく。その長女をクローズアップしたタイトルとして、「籠の中の乙女」になったのかもしれません。そして、その結末はある意味、予想の斜め上をいく想定外のラストシーンとして映画史上に残るかも。
あまりのシュールさに大笑いしてしまうシーンの連続で、ギャグなのかシリアスなのか、その微妙な線を行ったり来たりしながら迎えた結末に、呆然としてしまいました。
とにかく、何かを閉じ込めておこうとしても、結局はそれは爆発したり、予期せぬ結末を迎えたりするという話なのでした。