誰も知らない|カンヌ主演男優賞を獲得した柳楽優弥の演技がすばらしい
母親が4人の子どもたちの育児放棄をして、どこかで知らない男と一緒に住んでいる。そして、取り残された子どもたちの綱渡りのように危うい生活を描いた映画です。これが現実にあった事件を題材にしているということに驚かされ、切なくなってしまいます。
クエンティン・タランティーノ監督が審査委員長としてカンヌ国際映画祭で、長男のアキラ役を演じた柳楽優弥を絶賛し、最優秀主演男優賞に選んだということですが、たしかに柳楽優弥の演技が素晴らしいです。
【原題】誰も知らない【製作年】2004年【製作国】日本【上映時間】141分
【監督】是枝裕和【脚本】是枝裕和【撮影】山崎裕【音楽】ゴンチチ、タテタカコ
【キャスト】柳楽優弥、YOU、北浦愛、木村飛影、清水萌々子
ケイコ(YOU)とアキラの母子が団地に引っ越してきます。実は他にも3人の子供がいるんだけれど、なぜかケイコたちはその存在を隠していて、残りの子どもたちはこっそりとこの家に現れます。
実はこの4人の子どもたちは、母親はケイコだけれど父親がそれぞれ違っていて、それが同じ家族として暮らしているのです。
上の二人は小学校に通う年齢なのに、生活が困窮していて学校に通わずに隠れて過ごしています。以前、児童相談所にそのことがバレて、兄妹がバラバラになった苦い経験があったので、それで隠そうとしているらしい。半分しか血がつながっていない4人兄妹なんだけれど、バラバラにならずに一緒に暮らしたいと強く望んでいるわけです。
ところが、ケイコがまた新しい男を作って、子どもたちを置いて姿を消してしまいます。かろうじて生活費は送ってくるものの、結局は育児放棄しちゃう。さて、その子どもたちはどうなってしまうのか、という作品です。
目次
ふとした一言がリアルな柳楽優弥の演技
母親と一緒にベランダでフトンを干しているシーンで、母親が「好きな人ができた」と告白した時に、柳楽優弥演じるアキラが「また?」というウンザリしたようなセリフが、本当にずっとそういう生活をしてきた子どもが発しそうな言い方で、真に迫った演技なので、これはスゴいなと思いました。
このアキラが健気なんですよね。母親がいなくなっちゃったのに、正月には妹や弟にお年玉をあげたりして、兄妹をしっかりと見守ろうとする。泣けてきます。
是枝監督がYOUを母親役に選んだ理由が、テレビのバラエティ番組を見ていて「いかにも育児放棄しそうなキャラクター」に見えたからだというので、笑ってしまいます。それで映画出演後に、YOUがバラエティ番組などでちゃっかりと「カンヌ女優」を名乗っちゃったりしていたのも、いい味出してます。
どれだけ困っても最後の一線は超えない
母親がいなくなっても最初は楽しそうに暮らしていた子供たちですが、不在が長引くにつれて、生活にも困るようになったり、それぞれ自我が強まったりしてくると、やがてお互いにいがみ合ったりするようになっていきます。
光熱費も払えなくなって公園の水道を使って洗濯や飲水にしたり、万引にも手を染めるようになっていろんな事が起きるんですが、それを周囲の大人も気づかず、あるいは気づかないふりをして、まさに「誰も知らない」というタイトル通りの展開になっていく。
だんだんTシャツが擦り切れて薄汚れていったり、野生児みたいになっていく。気持ちまで荒んでいく様子がとてもリアルに描かれていて、哀れな気持ちになってしまいます。
そして、途中からアキラのピンと張っていた糸が切れるような感じがあって、そこで物語の方向性が急展開して悲劇的に変わっていくんですよね。事実もこの通りだったのだとしたら、実在する本人は本当に傷ついていたのではないかと思います。
知り合いになった女子中学生のサキが、パパ活をして得た金をアキラたちに渡そうとするのですが、それがあまり良くないお金だと理解するアキラは、ちゃんと断れるようなしっかりとした倫理観みたいなものをもっている。母親に見捨てられて困窮しながらも、自分なりの正義感をもって、超えてはいけない一線をちゃんと持ちながら生きている。それが人間というものなんだと伝わってくるんですよね。
家族って何かを見つめ直すのがテーマ
タランティーノ監督といえば派手なギャング映画で有名ですが、それに比べるととても地味な作品だと思います。ちなみに、同じ2004年のパルムドールはマイケル・ムーア監督の「華氏911」でした。
その後、監督と柳楽優弥が対談した際に、柳楽優弥の表情や、主演俳優として最後まで他の出演者を演技で引っ張っていったことを大きく評価したのだと話していて、監督ってそういう見方をするんだなと、思いました。
それにしても、是枝裕和監督はこの作品の他にも、ちょっと普通とは違った家族関係を描いています。家族や血縁とか、親愛の情とは何かっていうことを考え続けてきて、それが「そして父になる」を経て「万引き家族」でカンヌの最高賞を獲得したというのも、とても感慨深いものがあります。
YOUの元夫役を木村祐一と遠藤憲一が演じているんですけれど、二人ともクズ男役としてなかなか味のある演技をしています。