ボーダー 二つの世界|ホラー?ファンタジー?ひとくくりに出来ない問題作
この「ボーダー 二つの世界」の原作者は、スウェーデンのホラー映画の傑作である「僕のエリ 200歳の少女」の作者でもあります。スウェーデンといえば他にも「ミッドサマー」などもありますが、ホラー映画とひとくくりに出来ないような新しいタイプの作品の発信地になりつつあるのでしょうか。
主人公は港の税関で犯罪行為を摘発している女性。周囲の人々とは見た目が違うおかげで、いじめを受けたり、自分自身も違和感を覚えたりしながら、鬱屈した毎日を送っているティーナが、ある人物との出会いによって、その運命が大きく変わっていく物語。めちゃくちゃ不穏な空気に包まれた作品です。
カンヌ映画祭のある視点部門でグランプリを獲得しています。
ちなみに虫(とくに幼虫系やミミズなど)が苦手な人や、エログロはちょっとという人は、見ないほうが良さそうです。
【原題】Grans【公開年】2018年【製作国】スウェーデン、デンマーク【上映時間】108分
【監督】アリ・アッバシ【脚本】アリ・アッバシ、イサベラ・エクルーフ、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト【撮影】ナディム・カールセン【音楽】クリストファー・ベルグ、マーティン・ディルコフ
【キャスト】エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ステーン・ユングレン、ヨルゲン・トーソン
主人公のティーナは外見が周囲の人たちと違うおかげで、子供時代からいじめられたりする経験をもちます。実は特殊能力の持ち主で、目の前の人が恐れや不安などの感情を、匂いで嗅ぎつけて発見できる力があります。その能力を活かして、国際港の税関で不審者発見する業務を担当している。それで違法に輸入や持ち込みをする人を摘発する業務を担当しているわけです。
それで、彼女は父親譲りの家でパートナーとともに生活しています。ただ、食物の好みも合わないし、セックスレスの状態になっています。何で一緒に住んでいるんだろうという感じです。
そんなある日、税関を通過しようとした一人の男が発する臭いに反応して、ティーナは彼を呼び止めるのですが、その男ヴォーレとの出会いによって、ティーナの人生が根本から変わっていってしまうのです。
さらに、ある組織が行う犯罪行為ともからみ合いながら、ストーリーは予想外の方向に展開していくわけで、とても、ものすごい映画です。
目次
自分でも知らなかった秘密で人生が激変
見る前に勝手に想像していたのは、見た目にコンプレックスをもつ女性が、紆余曲折の経て心から愛せるパートナーを見つけて、めでたしめでたしみたいなストーリーでした。ところが実際の内容は、予想していたストーリーとは全く違っていて、びっくり。
ティーナは自分は幼い頃から周囲に差別されたりするし、父親からは染色体異常のせいで見た目が人と違うんだという説明を受けていて、なんか変だなと思いつつも半ばはその状態を受け入れていたわけです。ところが、ある日ヴォーレから突然「実は君は…」と思いもよらなかった真実を教えられる。そこでアイデンティティが大きく逆転するのを、観客はティーナとともに体験することになります。
さらに、パートナーとはセックスレスなんだけれど、ヴォーレとの出会いで欲望に目覚めるわけですね。しかも、相手との性行為に及ぶにいたって突然それまで思いもよらなかった状況になるんです。映像にはボカシが入っていますが、どうやらブルーレイ版などは、そういうのが入っていないみたいなので、興味のある方はどうぞ。
でもその後、自然の中を走り回る二人の姿は、開放感あふれる感じで、まるでアダムとイブってこんな感じだったのかなというシーンです。本当の自分に出会って初めてそれを受け入れることができて、生きる幸せってこういうことなのかなと思っちゃうような場面なんですけれど、とても素晴らしいシーンだと思いました。
でも、その幸せな状況はすぐに変わってしまうんですが。とにかく最後まで目が離せません。
ボーダーを越えた価値観の変化を疑似体験
ボーダーというタイトルは、種族、常識、性、食、善悪など、いろいろな境界線を扱う映画だということを宣言しているのだと思います。それで、ティーナがボーダーの上を行き来しながら、自分自身を見つけ出していく。
そのボーダーを反対側に超えてみることで、今までの風景がまるで逆に見えてくるという体験を、観客に与えてくれる映画です。たとえば、食という点では、ヴォーレたちはミミズとか何かの幼虫みたいな、クネクネと動き回る虫を主食としているようなんです。でも、ティーナはそもそも人間が普通に食べるある食材を、いかにも嫌そうに食べるシーンがあるんですけれど、そのシーンがオーバーラップしてヤバい。
この脚本には、原作者のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが参加していますが、映画向けに、ある犯罪行為に関するサブストーリーなど、原作とは異なったアレンジを加えているそうです。原作を読んでいないのでわからないですけれど、このアレンジによってよりテーマが鮮明になっているのではないかと思います。
主演のエヴァ・メランデルは40代のきれいな女優さんですが、この作品のために、18キロ太って、その上で特殊メイクをしてティーナの役作りをしたらしいです。そして、たぶんこの映画に起用されなければ、絶対にやらないこと、できないことに挑戦しています。役作りとはいえ、本人もボーダーを乗り越えてチャレンジしなければ、ティーナになり切れないと思いますが、まさに体を張った結果が素晴らしい作品になっていて、必見です。