浅草キッド|誰も知らないたけしの姿を柳楽優弥が想像力全開で演じきる

「浅草キッド」というビートたけしの自伝をもとに、大学を中退したたけしが、「ビートたけし」としてブレイクし、スターダムをのし上がっていく顛末と、師匠の深見千三郎との葛藤や師弟のきずなを描いた作品です。監督はビートたけしをリスペクトする劇団ひとりです。

若い人が抱く焦燥とか不安とか、成り上がりたいという強い思いを描いて、それがビシビシと伝わってくる作品です。

【原作】浅草キッド(小説)【公開年】2021年【製作国】日本【上映時間】123分
【監督】劇団ひとり【脚本】劇団ひとり【撮影】高木風太
【キャスト】大泉洋、柳楽優弥、門脇麦、土屋伸之、風間杜夫、鈴木保奈美

舞台となっているのは、すでに往時のにぎわいが消えて閑散としはじめた浅草の町。

大学を中退して、浅草のストリップ劇場であるフランス座で働くたけしは、劇場主でお笑い芸人である深見千三郎に弟子入りして芸人を目指すようになる。そして、メキメキとお笑い芸人としての才能を発揮し始める。

しかし、劇場の人気も浅草のにぎわいも大きく落ち込む中、たけしは自らの将来に迷い、芸人として生き延びるために師匠が忌み嫌う漫才師となり、テレビに出演するようになる。

モノマネで終わらない柳楽優弥の演技力

深見千三郎を演じるのが大泉洋。そして、ビートたけし役が柳楽優弥なんですが、冒頭に出てきたたけしの顔のアップはいったい誰が扮しているのか、最初はわからなかったです。

めっちゃたけしに似ているんだけれど、ソックリさんとかモノマネ芸人なのかと思っていましたが、見終わった後にもう一度最初に戻って、やっぱり柳楽優弥だったのかと、驚きました。

柳楽優弥は演じているのは、このまま底辺で一生を終えてしまうのかという不安に抗い、それを打ち破って成長していく青年の姿です。

撮影にあたっては、松村邦洋がたけしの仕草や話し方を、柳楽優弥に対してマンツーマンで指導したんだそうです。ところが、単なるモノマネになり過ぎているのではないかという監督の劇団ひとりの考えで、モノマネ的な要素を削ぎ落としていったんだそうです。

これって、とても面白い話だと思いました。

似ているかどうかという視点だと、それこそモノマネ芸人のほうが似ているので、だったら最初から松村がやったほうが良かったんじゃないかという話になり(現実的には年齢的にも体型的にも難しいと思うけれど)、そういう視点だとこの映画はモノマネショーで終わっていたのでしょう。単純に似ている似ていないというだけでは、大事なものを描くことができなかったんだろうと思います。

この映画が描くのは僕たちが知らない普段のたけし、あるいはビートたけしになる前のたけしです。それは演じる側が想像力を働かせて演じる必要があり、テレビで見るたけしのしゃべりや動きの真似は、かえって邪魔になってしまうかもしれません。

お笑いの師匠の弟子にしてもらったはいいけれど、その劇場は客が入らず寂れていく一方で、このまんまでいいんだろうかという思いが強くて、思い切って飛び出していく青年の物語です。

その姿を演じるには、柳楽優弥その人の想像力と演技力がまさに試される場だと思いますが、そこを見事に演じ切った点で、やっぱり柳楽ってすげえなと思います。

たとえば、劇場のトイレに入ってあらぬことをする男の声を聞きながら、「このまんまでいいんだろうか」と煩悶する柳楽優弥の表情とか目線が、柳楽のデビュー作の「誰も知らない」の目と重なってものすごく切なくなりました。

大泉洋が演じる深見千三郎も見もの

もう一人の主演である、大泉洋の演技も忘れちゃならないです。

大泉洋が演じるのは、白いスーツにハットという出で立ちで颯爽と浅草の町を歩く深見千三郎。芸人としての矜持や色気に満ちた人物になり切っています。深見千三郎という人のことはこの映画で初めて知りましたが、きっとこんな人だったんだろうという人物像になっているのが凄い。

大泉洋ってトークがほとんど芸人みたいなもので、しかも、にこりともせず人を笑わせられるという点で、まさに深見千三郎役はハマっていたんだと思います。

深見千三郎はテレビ映像が一切残っていないみたいですが、かろうじて存在する音声を頼りに、そこにビートたけしの芸風をプラスして深見の演技を作っていったのだそうです。

それで、たけしが初めて深見千三郎と同じ舞台に上がって、コントを演じるシーンが印象的です。たけしだけではなく、フランス座に出ていた萩原欽一と坂上二郎のコント55号の芸風も思い起こさせて、ビートたけしもコント55号の演技も、深見千三郎の影響を根深く受け継いでいるんだということが見て取れて面白かった。実際の深見千三郎がどんな芸をしていたのか見てみたかったですね。

エンタメとしても思い切り楽しめる作品

たけしが映画なんかで見せるタップダンスも、深見千三郎ゆずりのものだったというのは知らなかったです。師匠に芸を身に付けろといわれてタップダンスを必死で練習するんだけれど、その姿を師匠は何食わぬ顔でちゃんと見ていて、ある日、舞台に立たせてくれるようになるわけです。

コントや漫才、タップダンス以外にも歌や踊りのシーンが楽しめて、この作品をエンタメとしての面白さを倍増させています。

フランス座のストリッパー役でたけしと交流を深める、千春役の門脇麦がダンスを踊るシーンがありますが、もともとバレエをやっていただけあって、踊りも素晴らしいです。

最後のシーンのビッグになった男が昔を回想するという設定で、ワンカットで長回しをしている風に撮られていて、そこに同じ人物が衣装を着替えてとっかえひっかえ出てくるという演出がとても印象的でした。

たけしの唄が最初と最後で同じ曲が流れますが、これは最初だけでよかったんじゃないかと思ってしまいました。その方がたけしという人物を客観的に見ているような感じになって、青春の葛藤とか悪あがきとか、誰でもが経験する普遍的な感覚を描けたのかなと思いました。

でも細かいことは抜きにして、劇団ひとりって、物凄い映画を作るんだなと驚きました。

劇団ひとりは高校1年生の時に「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「お笑い甲子園」というコーナーに出演し、それがきっかけで芸人になったのだそうです。そこからずっとリスペクトする人物に近づこうとして、映画でも素晴らしい作品を残せるようになったという点で、憧れや目標になる人物がいるというのは、人生にとって大きいことだと感じました。

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